2009年12月4日

移植・・・再考

昨日は移植のチャレンジについて色々と考えていたが、なんと言っても移植は他の方の命の上に成り立つ治療法、その重さを十二分に理解しなければならない。

ウランにもしものことがあったとき、同じように病気に苦しみ移植を望むご家族がいた場合、ドナーになれるかどうか、という観点で今一度自分に問いかけてみようと思う。それが出来ないのであれば、移植を希望する立場には立てないと思う。

ところで、今日は再度輸血の日。
ヘモグロビンの値は正常値範囲内(16g/dl)だが、少しでも値を上げておくことで、酸素の値が良くなる可能性があるとのことで。ただし、逆にあまり多くなりすぎても血液の粘性が高くなって血管が詰まるリスクもあるのでバランスが大事。
今鼻から入れいている酸素流量は2㍑/分、今まで0.5㍑だったことを考えると格段に悪くなっているということだろうか。2㍑酸素をしてSPO2は68-70程度。

静岡の結果が待ち遠しい。

2009年12月3日

移植という選択肢

明日はいよいよ静岡のセカンドオピニオンを伺う日。緊張して眠れない。

ウランの病気を初めて知った日から、主治医の先生の口から何度か「海外なら十分移植の対象」という言葉を聞いていた。気になっていたので、先ほど移植を現実的に考えることが出来るかどうか、聞いてみた。

やるとしたら心肺同時移植、ということになるが、0歳児のドナーはほとんどいない上に、5%ルールで更に条件は厳しくなる、とのこと。

5%ルールというのは、移植について外国人枠が決まっているというもの。
「海外の病院の移植手術症例数の5%の外国人患者しか受け入れられない。そこの病院がある年100例の心臓移植手術を行ったとしたら、その翌年は5名の枠で外国人患者を受け入れるというものである」(はる書房 石川優子さん著「心からありがとう」からの引用・抜粋)

もちろんお金もすごくかかる。

心臓病の子供を守る会の支部会でお世話になっているSさんに伺ってみたところ、渡航費用・手術/入院費用・現地での待機費用などで最低でも1億円(?!)前後はかかるとのこと。

残高証明がないと、移植の申し込みすら病院側では受けてくれないためまずはお金を集めるところからスタートするのが一般的のようだ。移植成功後、普通に生活できることが前提となるため家を売ったりしてお金を集めることはこれまでも薦められていないことから、移植を希望される方は皆さん募金活動を行うのだという。

静岡でのセカンドオピニオン次第ではあるけれど、移植という選択肢しか残らない場合、険しくてもチャレンジしたいと思う。パパも同じ気持ちだと言ってくれた。

日本には優秀な心臓外科医の先生がたくさんいるのに、今の法律では移植のためには海外に行くしかないんだな。
これが現実。

あたたかな気持ち


友人たちにとてもあたたかい気持ちをもらっている。

大学時代からの友人のCちゃんから、お守りが届いた。
ウランのためにお参りしてくれたそうで、ウサギの木彫りのついた可愛いお守り。

故事の因幡の白兎神話で大国様がうさぎの願いを聞きとどけてくれた話にあやかり、このウサギの短冊に願い事を書いて持ち歩くと願いを叶えてくれるそうです。

「ウランが元気になりますように」

と早速書いてウランの枕もとのウサギのぬいぐるみに括った。

以前主治医の先生に、
「この病気は手術でしか治りません。薬とかね、祈ったりとかね、では治らない。いやいや冗談じゃなく時折そういうこと言い出す人いるから」
って言われたけれど、今ならそういう人の心境も理解できる。何でもいいから元気になって欲しいもん。

Cちゃん 子育てと仕事で本当に忙しいのに有難う。ウラン、頑張ってるからね。

小児病棟での孤独

生後すぐの手術の後1ヶ月を小児病棟で過ごした。
そのときは、小児病棟はとても安心出来る場所だった。

出産した産婦人科でもそうだが、健康な赤ちゃんを目にすると、ウランが本当に可愛そうだったし、私の何がいけなかったのだろう、と都度自分を責めてしまっていた。

でもこの病棟に来ると、100%心臓病の子ばかり。心臓疾患は100人に一人の割合で生まれてくるというが、こんなに世の中心臓病の子が多いとは、と最初は戸惑いもしたが、それ以上にホッとするのだった。
無脾症だって、1万人に一人といわれるが、病棟では2人同じ無脾のお友達が出来た。

それなのに、、この病棟にいても、、今は孤独を感じる。
なぜなら、ウラン以外の子はみんな手術後の回復や次の手術に向けての検査で入院していて、元気になって退院していくから。
病棟の中の遊び場でも笑い声が絶えないし、ウランと同じぐらいの月齢の子を抱っこして、良くなってきたね、と話しかけているドクターを見ただけで、なんだか悲しくなるし、本当にうらやましい。みんなには未来があるもんね。

気のせいかもしれないけれど、最初の入院のときよりも、先生方が1日にウランを見に来る回数も減ったように思う。来ても、聴診器をあてず、顔色だけみてく先生もいる。もはや治療出来る患者ではないからだろうか。

病院にいるとただでさえnegativeになってしまうので、週末の退院が待ち遠しい。
早くお家に帰ろうね、ウラン。

2009年12月2日

鎮静剤 


在宅ケアに向けて、お薬も調整が始まった。

今のウランは、1日のミルク量を最低限に抑えているので、空腹を感じやすくその都度つらそうだし、ミルクを胃に入れても消化に酸素を使うためつらくて機嫌が悪くなる。3時間置きに1日8回そういうタイミングが訪れ、いずれもひどく泣くためサチュレーションが50台前半まで下がってしまう。

このような体への負荷をそれを避けるために、これまでは点滴で鎮静剤(名前を忘れた、、ドルシャム?)を24時間投与していた。その結果、常にボーっとしているが機嫌が悪くなることも無かった。

在宅ケアに向けて、点滴は外さなければならないため、鎮静剤に代わるものとして、飲み薬で抗ヒスタミンのアタラックスと鎮静作用のあるフェノバール(通常は筋肉のケイレン発作を抑えるなどで使用する)を処方された。

が、、、いずれも点滴の鎮静剤より効能が優しいので、どうしてもぐずぐずする時間が増え、眠ることも出来ずとても可哀想だ。昨晩も何度も泣いて、泣くから呼吸も苦しくなり、の悪循環になってしまった。

投薬は朝6時・ヒル12時・夜18時なので、どうしても夜から朝までの12時間は薬の効果も薄れることも要因の1つだと思う。

自宅に帰ってからは頼る術もないので、夜中呼吸が苦しく眠ることも出来ない場合はどうすればよいか主治医の先生に相談したところ、トリクロ シロップという導眠剤も退院時処方するので苦しくなる前に早めに飲ませてあげて、とのこと。飲ませるかどうかは都度私の判断とのこと。

本当に日々責任の大きな決断や判断をし続けている。ウランのおかげでこの年になっても人間として少し成長できそうだ。ありがとう、ウラン。

在宅ケアに向けて その2


退院後自宅でウランが快適に過ごせるように、
・介護用ベッドのレンタル(呼吸が苦しいときに、頭と肩の高さが楽に調整できる)
・経鼻用イルリガートル(ミルク・薬注入用→写真)
・平おむつ(清拭用→お風呂は体力を消耗してしまうのであがり湯程度に止める)
・聴診器(経鼻チューブが胃に通っているか、胃残の確認用など)
を用意する。

イルリガートルは1個600円もするのだが、保険適用外。分解して洗浄できない造りになっているので、病院では衛生面から12時間ごとに交換しているが、自宅ではそんなことしていたらランニングコスト(600円×2×30日分)がものすごいことになる。皆さんどうしてるのでしょうか?

看護師さん曰く、ミルトンなどにつけて衛生を保てば1週間は使用可能でしょう、とのこと。ただし、ウランの場合は3時間毎に使うので、注入用・ミルトン漬け置き・乾燥で少なくとも1日3本は用意したほうが良いとのこと。

家で家族揃って過ごせると思えば、色々な準備やケアを習得することは何の苦でもない。静岡・岡山に転院できれば取り越し苦労で済むこの準備、どうか取り越し苦労で済みますように。

2009年12月1日

在宅ケアに向けて

今日から退院に向けての準備が始まった。具体的には、点滴をすべて飲み薬に変えてウランが安定するかどうかを見たり、経鼻チューブによるミルク・お薬注入の手技練習など。

セカンドオピニオンの結果によっては、静岡や岡山への転院の可能性があるけれど、結果が出ていない今の段階では、病院としては自宅での在宅ケアを念頭において準備を進めるとのことで。外来も、もはや3週間に1度でいいそうで。
最期まで病院にいることもできるけれど、それはお母さんいやでしょう、と。

はい、いやです。絶対家で過ごしたいです。

ウランは、閉塞してしまった肺静脈のせいで肺に血液が溜まり始めており(肺うっ血)、呼吸がかなり苦しそうだ。少しでも呼吸を楽にするために、ベッドに傾斜をつけて頭と肩を高くし、酸素吸入のメモリは0.5から2へと増えた。そんな苦しい中でも、目が覚めている間は、無邪気にベッド脇に取り付けた鏡のおもちゃに自分の手を映して手遊びしたりしている姿が本当に愛おしい。そんな姿を見ていると、つい欲が出てきて、笑いかけると笑い返してくれた表情がもう一度みたいとおもってしまったりする。
沈静剤飲み続けてるから、そんな表情でないのに。

夕方添い寝しながら子守唄を歌っていると、主治医のM先生が部屋に入ってきた。
雑談をしていた流れで、余命宣告されたこどもの親は、こんなとき日々どう過ごせばいいんでしょうね、と聞いてみた。私は、毎日真綿でゆっくりと首を絞められるような心境で過ごしている。

「お父さんの性格にもよるけど、限られた時間の中で楽しいこと見つけたり、イベント作ったりしてた親御さんがいたなぁ。」

家のパパはそこまで打たれ強くない。たとえ強くても、この状態で楽しさを見つけたり明るく過ごすことは無理だし、こんな短期間にそこまで気持ちの整理をつけるのはちょっと難しそうだ。

面会終了のギリギリ30分前、パパが私の夕飯を買って駆けつけてくれた。野菜不足で口内炎が出来てしまったと言ったら、スープストックで野菜スープも買ってきてくれた。ありがとう、パパ。

このごろ帰りがけにパパがウランの胸元に手のひらを数分あててから、帰るようになった。

それ、何?と聞いたら、念じてるんだそうだ。

閉塞した3本の肺静脈がまた生えて(?)くるように、狭窄しかけている1本の肺静脈が広がりますように、
そして呼吸が楽になりますように、って。

不器用で口数が少ないパパなりの、ウランへの愛情表現だと思う。

パパも結構いいところある、見直した。