2011年8月30日

バーンロムサイ

映画「闇の子供たち」、原作について調べている過程で、タイ北部にあるバーン ロムサイという施設を知りました。

HIVの母子感染により、孤児になったり捨てられたり虐待されていた子どもたちが暮らす施設で、12年前に
ジョルジョ・アルマーニ ジャパン社がスポンサーとなって設立されたそうです。

孤児として抗HIV剤を一生服用しながら生きていかなければならない子どもたちに自立への模索と生きる現実を伝えることを目的として、施設内でオリジナルプロダクツを作成し、オンラインショップや鎌倉の店舗で販売しているそうです。


鎌倉は由比ヶ浜通りとのこと、是非訪れてみようと思います。

「闇の子供たち」

コメントを下さった安藤貴樹さんがご紹介下さった「闇の子供たち」を観ました。


08年の作品とのことで江口洋介、佐藤浩市、宮崎あおい、妻夫木聡等が出演されている作品だったのに、
この映画に関して全く記憶がありません。

移植医療や移植の現状について、日本がどういう状況かもほとんどわかっていなかった頃です。


衝撃的なシーンが続き、「どこまでがフィクションなんだろう」と考え何度も途中挫折しながら、そのたびに色々と深く考え、何日かに分けて終わりまで観ました。


国内での虐待のニュースを聞くたびに湧いてくる感情と同じ感情が湧いてきました。


虐待する親、大人を責めて罰すればそれ自体は解決したように見えるかもしれないけれど、
その「仕組み」自体をなくさない限り再び同じようなことが起きる。映画の中で語られていた言葉です。


貧困や経済の格差が生んでしまう心が締め付けられるような出来事が描かれていますが、ノンフィクション部分も多く含むこの映画から知ることが出来た現実に目を向けて、世界でどういう取り組みがなされているのか、個人個人に出来ることには何があるのか考えていこうと思います。


福嶌教偉先生が制作に協力されているとのことで、日経ビジネスのインタビューに答えている記事を見つけました。まだ斜め読みですが、
心臓移植を受ける子どものストーリー部分はかなりのフィクションだ、と福島先生は語っています。
私も観ていてそう思いました。移植を必要としている子どもにしてはとても元気そうだったし、描かれている
状況を知って移植に望む親はいないと思います。そしてまたタイで日本の子どもが心臓移植を受けた例は過去1件もないそうです。

後ほどゆっくりと読もうと思います。

2011年8月29日

2年という月日

おなかペコペコで帰宅すると
「ママ、生姜焼き食べなさい。ご飯と一緒に食べると美味しいよ」
とアトムが。

姉が差し入れてくれた生姜焼き、白飯と食べたらとても美味しかったそうで、食べ方を勧めてくれました。





くららが生まれてからもうすぐ二年になります。

あっという間の二年でした。

くららの誕生をきっかけに、くららの成長や治療の記録を綴ろうと思って始めたブログでした。

生まれて間もなく聞いた「無脾症」という疾患や先天性心疾患について、難しすぎて理解が全然追いつかず不安や動揺ばかりが広がっていく中で、同じ無脾のお子さんを持つお父さんお母さんが綴っているブログを見つけました。
病気や治療についてとてもわかりやすく説明されていて、また治療や手術の過程を経て元気に幼稚園や保育園に通っている様子にどれだけ励まされ元気を頂けたかわかりません。

くららが元気になっていく過程を綴ることで同じように元気を誰かが貰ってくれたらいいな、と思い書き始めたのでした。




くららの成長とともにアトムの成長も綴ることになりました。

くららが生まれた当時2歳2カ月だったアトムは二年という月日を経て、とても頼りがいのあるお兄ちゃんになってきました。


この頃、お菓子や牛乳の空き箱で毎日のように工作を作ってきます。
先日迎えに行った際、「これくららちゃんに作ってるの」と何やら制作中。

隣に座っていたお友達が「くららちゃんって誰?」と聞くと
「アトム君の妹。赤ちゃんだよ」と答えていました。

お友達が「赤ちゃん、そんなのあげたら泣いちゃうよ」と言うと
「泣かないよ。だって写真だから」と答えていました。


写真だから泣かないくららだけど、帰宅したら「ただいま」と話しかけるし、帰り道夕焼けを見れば
「くららちゃーん くららちゃんの好きなピンクの空だよー」と話しかけます。


くららはいないけど、心の中にいつもいる、仲良しの兄と妹でずっと育ってほしいです。



2011年8月17日

わが子がくれた12年間の幸せ

そうちゃんママがブログで書かれていた「わが子がくれた12年間の幸せ 」、図書館で借りることが出来読みました。通勤電車で読み始めましたが、読んで数ページで涙があふれてしまったので、改めて週末に読みました。


12歳と思えないぐらい、心に響く言葉を残した貴嗣くん、本のタイトルに「ありがとう貴嗣」と書かれていますが、私からも有難うと伝えたいです。

病態や治療についての箇所ではついわが子に置き換えてイメージしてしまい、内部障害に対する偏見等の描写は、病児の親として強く共感を覚えました。


移植についても明確な自分の意思を持っていた貴嗣くん。



自分やわが子が移植が必要になった時に、移植を受けたいか、受けたくないのか。

その時々で考えが変わってもいい。

大切なことは自分がどうしたいか、自分に問いかける機会があること。

そう思います。


本の中で紹介されていた「天使のいる教室」はアトムに読み聞かせたくてAmazonでポチっとしてしまいました。




2011年8月14日

お盆


お盆です。

会社はお盆休みはありませんが、夏休みをこの時期に取る人も多く仕事も少しゆったりムードです。

姉からくららに、と桃林堂のパンダのお饅頭をもらいました。

可愛い!


仕事は最近アウェイのような雰囲気のチームでの仕事が生じて、かなり凹み気味です。

前任者からチームの取りまとめを引き継ぐことになりましたが、メンバー全員男性で且つ期の途中からなんで取り纏めが交代?のような思いなのでしょうか、何かにつけて反論するチームメンバーもいて、おまけに前任者はチームの一メンバーとして残っているのでやりづらさもあり。。



毎日帰りの電車でそこは性差だったり途中交代だからじゃなくて私の度量・器量の問題だよなぁと自省したり凹みながらも、くららが旅立った時のことを思えば日々の仕事のことなんてなんくるないさ~、と虚勢を張りつつ、結局はなかなか元気は出なくて、私もまだまだちっぽけだなぁ、と思うのでした。

2011年8月11日

震災から5カ月

震災から5カ月がたちました。

いまなお4700人の方が行方不明とのことです。大切な人が不明なままでの5ヶ月間、気持ちの区切りをつけようにもつけられず、自分が生きていることが申し訳なくなってしまったり、本当につらく苦しい心境の方が多くいることと思います。


一日も早く大切な方との再会が果たせますように。



そして避難生活が続く方々。

宮城、岩手、福島併せて一万人以上の方が避難所生活を送っています。

厳寒から穏やかな春、そこから猛暑へと季節が3つも変わって行く中で必要なものや環境も変わり不便な中、心労も深く貯まっていることと思います。

直接出来ることは少ないけれど、いつも心にとめて、節電等出来ることをコツコツとこれからも継続してやっていこうと思います。

何よりも、行方不明の人たちがいること、避難所で生活をしている人たちがいること等被災地のことを忘れないこと、気持ちに留め続けることが大切かと。

2011年8月8日

美香子ちゃん 

美香子ちゃんを想う一日です。