2022年8月31日

誕生日!13回目の

くらら、13回目の誕生日 おめでとう いつも笑顔で見守ってくれていてありがと。 お兄ちゃんたちじゅけんでままも満身創痍だけどがんばってるよー

2022年8月8日

8月になるとこのブログを読み返します

くららの命日よりも誕生日の8月31日が近づくと、このブログを読み返します。 もう12年前になりますが、生まれた日のことは今でもはっきりと覚えていて、色々なことが重なり 助産師さんが間に合わず、一人でお産を始めたこと、陣痛の中で「くらら、ママとがんばろうね、くららママを助けてね」 とお腹に話しかけたときのこと、思い出します。 つい最近、初めて職場で、子供が三人いる、と話しました。今までは子供が他界したことを話すと相手も気を使うだろうから、と思い 息子二人の母、として通してきました。 でもなぜだろう、ふと、別に隠すことではないし、私は私、くららは確かに私の娘でこの世に生まれてきたのだから、と 思うようになりました。 母として何かを乗り越えられたのかもしれないなぁ。そうだといいな。

2022年5月7日

不登校からの、、、

久しぶり、のブログ。 もともとは娘の成長記録、で書いていたのですが 第二章とも言える今回は長男アトムの成長記録 反抗期、中二病を備忘録として、、、

2019年2月3日

起きることは全て意味がある?

くららが病気で生まれてきて、わずか5か月で人生を終えたことも、私が病気になったことも、アトム君の反抗期も、きっと、すべて意味があって私の人生で起きていることと思いたい。 不運や悲しいことが起きたとき、そこにこだわり続けてなぜ起きたのだろうかと悩んだり、周囲のせいにしたりする方法と、起きたことを受け入れて、その上でそこからどう生きていくかを考えるのと、選択肢は複数ある。つらいときはなぜなぜ、と思いたくなるけれど、物事が起きる前には戻れないのだから、受け入れて、その先どう生きていくかを考えて人生を歩んでいきたいです。

2018年7月13日

色んな事が不安になる。長男ももう5年生なのに、毎日学校の宿題以外何も勉強せず、勉強習慣が身につかず、この先大丈夫なんだろうか。私一人で二人の子供を育てていけるんだろうか。体調を崩しているから余計にのしかかる経済的な部分での大きな不安。世の中のワーキングマザー・シングルマザーはみんなどうやってこの不安を乗り越えているんだろうか。

2015年6月8日

re-born

くららと離れてから、 ずっと自分に厳しくして生き急いで、自分をないがしろにしてきたけど これからは家族のために自分を労ろうと思います。

2012年9月2日

3歳の誕生日

8月31日、くらら3歳の誕生日でした。 私は風船とケーキを用意していたのですが、パパはシルバニアファミリーのお家を用意していました。 亡くなった子供の年を数えてこうして祝うことに思うところもありながら、3歳のくららを思って過ごしています。 次男のチビ太にアトムが一生懸命、くららちゃんだよ、ねぇねだよ、と教えている姿がほほえましかったです。

2012年7月9日

すいません

一度辞めると書いたのですが、、、娘のことを思い語れる場所が他になく戻ってきました。 8月31日娘の誕生日が近づいていることがあるのか、理由はわかりませんが、娘に会いたくて、会いたくて抱っこしたくて仕方がありません。

2012年1月28日

終わりに代えて

今日1月28日、くららが我が家から天国へ旅立ってから2年になりました。
このところ慌しく過ごしていましたが、教会でのミサの間、ゆっくりとくららを想い過ごすことができました。


眠る前にアトムに読む絵本、この日アトムが選んだのは「100万回生きた猫」

読み終えた後、ママどうしてくららちゃんは死んじゃったの?ママも死ぬの?アトムも死ぬの?
とアトムに尋ねられました

このごろのアトムは自分が生まれた日どんな様子でパパとママはどう思ったか、そして何故人は死ぬのか
ということを度々尋ねます

生きることと死ぬことに4歳なりに感じる疑問、不安に、母として精一杯正直に、でも不安にならないように
日々答えています。


アトムが授かる前に最初の流産を経験したころによく聴いていた曲があります
何故か最近その曲を思い出して何度も聴いています

「君が僕に残したもの
今という現実の宝物 だから僕は精一杯生きて」

くららが私に残したもの、「今」をしっかり生きてパパとアトムとチビ太と精一杯生きていく

くららの成長の記録を記していくこと、いつか娘のがんばりを娘に話して聞かせたくてはじめたこの
ブログ。一旦終わりにしたいと思います。

もっともっと1分1秒抱きしめていればよかった、元気な体に産んで上げられなかった、そんな
想いばかりだった2年前から、このブログを通じてたくさんの方に支え励ましていただき、
やっと1歩前に進むことが出来そうです。

たくさんの温かいコメント、メールを有難うございました。

2012年1月15日

時の流れ

年末にくららがお世話になった病院に行ってきました。

くららの主治医の先生が他の病院に移られることになったとのことで、ご挨拶に家族全員で伺いました。

もうすぐくららが旅立ってから2年になりますが、病院のロビ-に入ると、懐かしさだけではなく現実に小児病棟にくららがいるような気持ちになります。

先生の移動に時の流れを感じて、病院を訪れる機会もあまり無くなってしまうなぁと無性に寂しくなりました。


病院で、以前くららと病室が一緒だったSちゃんとママにも会えました。
Sちゃんはとても大きくなって、もうすぐ酸素も外れそうとのこと。しっかりとバイバイと挨拶してくれました。あんなに小さかったのにこんなにしっかり大きくなって、と感動で思わず涙が出てしまいました。

くららのことをいまでも気にかけてくれるSちゃんママにはいつも癒されます。有難う。

2011年10月17日

グリーンリボンDAY

益若つばささんのダブルブッキングがネットのあちこちで取り上げられていましたが、結果的には多くの方がイベントを知るきっかけになったのでは、と思った昨日のグリーンリボンDAY


「きょう、話してみよう。家族や大切な人と、臓器移植について、いのちについて」
というキャッチフレーズで開催されました。


10月は、臓器移植普及推進月間だそうです。
10月17日から1週間、JR東日本の山手線、中央線、京浜東北線、京葉線等で車内ビジョンを使った「グリーンリボン検定」が実施されるとのことです。

2011年10月3日

「うまれる」のとらちゃん

映画「うまれる」に出演していた18トリソミーのとらちゃん。

今月のAERA with Babyに載っているとのことで早速チェックしてみようと思います。

とらちゃん本当にすごいです。

とらちゃんのパパやママのコメントを見るたびに、とらちゃんの成長をメディアで目にするたびに、信じることの大切さや信じることで奇跡は起きる!と思わずにいられません。

2011年10月1日

臓器移植推進パレードとRSウィルス

今年も明日10月2日に臓器移植推進パレードが行われます。日本移植者協議会主催としては最後となるとのことで是非子供たちと一緒にパレードに参加しようと思っていたのですが、、、アトムとチビ太ダブルで風邪でお薬が出てしまいました。。

チビ太が特にひどくて鼻水が始終出っぱなしでおなかもユルユルです。

RSウィルスが例年になく流行っているとのこともあり、明日は参加を見送ることにしました。

RSウィルスはシナジスという予防接種で重症化を防ぐことが出来ますが、保険適用が認められなければ
通常は約8万円もかかります。(健常児は保険適用されません)くららはいわゆる「ハイリスク児」だったので毎月無料で接種が出来ましたが、筋肉注射の為左と右交互に太ももの付け根に注射だったため相当痛いのか、毎回ひどく泣きすぎてチアノーゼがひどくなり顔色が紫になっていたことを思い出します。


色々な感染症が流行り出すこの季節、乳幼児はもちろん重症化しやすい先天性疾患を持つ方々、高齢者の方々の為にも「罹らずうつさず!」
まずは自分がしっかりと手洗い・うがいで予防しなくちゃ。

2011年9月30日

美紗都ちゃん

美紗都ちゃん日本時間の9月24日に心臓移植手術を終えたとのこと、美香子ちゃんのママのブログで知りました。



ドナーの方のご冥福をお祈りするとともに、ドナーのご家族のお気持ちへもお祈りを捧げます。



2010年5月18日に熊本からドイツ バード・ユーンハウゼン心臓病センターに入院した美紗都ちゃん、
1年以上の待機でした

日本に残っていたお姉ちゃんも頑張りました。
ドイツに同行していたお父さんも。


待機を終えて手術を終えた美紗都ちゃん、本当によく頑張りました。

2011年9月29日

月命日と9月29日

昨日はくららの月命日。
そしてチビ太の月誕生日でもある28日。

チビ太の寝顔はくららにそっくりですが、声がものすごく低音です。


帰り道に歩きながら、そういえば、と思い出したのが9月29日。

2年前の今日、生まれてすぐの入院が終わり、家に戻り家族4人での生活がスタートした日です。
くららが酸素ボンベなしで生まれて初めてお外の空気を吸った日。

夜もちょうど心地よい気温で、沐浴も気持ちよさそうなくららを思い出します。


少し前、久しぶりに海に行きました。
海を目の前にして、このところ凝り固まっていた気持ちや体がほぐれて穏やかな気持ちでゆっくりくららと話が出来ました。



2011年9月1日

2歳の誕生日

くらら、今日で2歳になりました。



パパはプリンセスの風船をプレゼントに用意。

くらら 2歳の誕生日おめでとう。

空の向こうで色々と食べられるものも増えて元気に過ごしていることでしょう。




2歳のくらら。会いたいです。

2011年8月30日

バーンロムサイ

映画「闇の子供たち」、原作について調べている過程で、タイ北部にあるバーン ロムサイという施設を知りました。

HIVの母子感染により、孤児になったり捨てられたり虐待されていた子どもたちが暮らす施設で、12年前に
ジョルジョ・アルマーニ ジャパン社がスポンサーとなって設立されたそうです。

孤児として抗HIV剤を一生服用しながら生きていかなければならない子どもたちに自立への模索と生きる現実を伝えることを目的として、施設内でオリジナルプロダクツを作成し、オンラインショップや鎌倉の店舗で販売しているそうです。


鎌倉は由比ヶ浜通りとのこと、是非訪れてみようと思います。

「闇の子供たち」

コメントを下さった安藤貴樹さんがご紹介下さった「闇の子供たち」を観ました。


08年の作品とのことで江口洋介、佐藤浩市、宮崎あおい、妻夫木聡等が出演されている作品だったのに、
この映画に関して全く記憶がありません。

移植医療や移植の現状について、日本がどういう状況かもほとんどわかっていなかった頃です。


衝撃的なシーンが続き、「どこまでがフィクションなんだろう」と考え何度も途中挫折しながら、そのたびに色々と深く考え、何日かに分けて終わりまで観ました。


国内での虐待のニュースを聞くたびに湧いてくる感情と同じ感情が湧いてきました。


虐待する親、大人を責めて罰すればそれ自体は解決したように見えるかもしれないけれど、
その「仕組み」自体をなくさない限り再び同じようなことが起きる。映画の中で語られていた言葉です。


貧困や経済の格差が生んでしまう心が締め付けられるような出来事が描かれていますが、ノンフィクション部分も多く含むこの映画から知ることが出来た現実に目を向けて、世界でどういう取り組みがなされているのか、個人個人に出来ることには何があるのか考えていこうと思います。


福嶌教偉先生が制作に協力されているとのことで、日経ビジネスのインタビューに答えている記事を見つけました。まだ斜め読みですが、
心臓移植を受ける子どものストーリー部分はかなりのフィクションだ、と福島先生は語っています。
私も観ていてそう思いました。移植を必要としている子どもにしてはとても元気そうだったし、描かれている
状況を知って移植に望む親はいないと思います。そしてまたタイで日本の子どもが心臓移植を受けた例は過去1件もないそうです。

後ほどゆっくりと読もうと思います。

2011年8月29日

2年という月日

おなかペコペコで帰宅すると
「ママ、生姜焼き食べなさい。ご飯と一緒に食べると美味しいよ」
とアトムが。

姉が差し入れてくれた生姜焼き、白飯と食べたらとても美味しかったそうで、食べ方を勧めてくれました。





くららが生まれてからもうすぐ二年になります。

あっという間の二年でした。

くららの誕生をきっかけに、くららの成長や治療の記録を綴ろうと思って始めたブログでした。

生まれて間もなく聞いた「無脾症」という疾患や先天性心疾患について、難しすぎて理解が全然追いつかず不安や動揺ばかりが広がっていく中で、同じ無脾のお子さんを持つお父さんお母さんが綴っているブログを見つけました。
病気や治療についてとてもわかりやすく説明されていて、また治療や手術の過程を経て元気に幼稚園や保育園に通っている様子にどれだけ励まされ元気を頂けたかわかりません。

くららが元気になっていく過程を綴ることで同じように元気を誰かが貰ってくれたらいいな、と思い書き始めたのでした。




くららの成長とともにアトムの成長も綴ることになりました。

くららが生まれた当時2歳2カ月だったアトムは二年という月日を経て、とても頼りがいのあるお兄ちゃんになってきました。


この頃、お菓子や牛乳の空き箱で毎日のように工作を作ってきます。
先日迎えに行った際、「これくららちゃんに作ってるの」と何やら制作中。

隣に座っていたお友達が「くららちゃんって誰?」と聞くと
「アトム君の妹。赤ちゃんだよ」と答えていました。

お友達が「赤ちゃん、そんなのあげたら泣いちゃうよ」と言うと
「泣かないよ。だって写真だから」と答えていました。


写真だから泣かないくららだけど、帰宅したら「ただいま」と話しかけるし、帰り道夕焼けを見れば
「くららちゃーん くららちゃんの好きなピンクの空だよー」と話しかけます。


くららはいないけど、心の中にいつもいる、仲良しの兄と妹でずっと育ってほしいです。



2011年8月17日

わが子がくれた12年間の幸せ

そうちゃんママがブログで書かれていた「わが子がくれた12年間の幸せ 」、図書館で借りることが出来読みました。通勤電車で読み始めましたが、読んで数ページで涙があふれてしまったので、改めて週末に読みました。


12歳と思えないぐらい、心に響く言葉を残した貴嗣くん、本のタイトルに「ありがとう貴嗣」と書かれていますが、私からも有難うと伝えたいです。

病態や治療についての箇所ではついわが子に置き換えてイメージしてしまい、内部障害に対する偏見等の描写は、病児の親として強く共感を覚えました。


移植についても明確な自分の意思を持っていた貴嗣くん。



自分やわが子が移植が必要になった時に、移植を受けたいか、受けたくないのか。

その時々で考えが変わってもいい。

大切なことは自分がどうしたいか、自分に問いかける機会があること。

そう思います。


本の中で紹介されていた「天使のいる教室」はアトムに読み聞かせたくてAmazonでポチっとしてしまいました。